大王製紙 社長

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 第22師団がノジャン(=ル=ロトルー)周辺から出立すると、騎兵第4師団に属する騎兵第9旅団もこの行軍に続行しました

この騎兵旅団はこの日から後命あるまで第22師団に隷属するものと命令されています

また同時に第22師団中、第32「チューリンゲン第2/ザクセン=マイニンゲン公国」連隊の第2大隊は騎兵第4師団本隊に派遣され、第94「チューリンゲン第5」連隊の第2大隊は、騎兵第12旅団に派遣されました

 第22師団はラ・フェルテ=ベルナールへの前進中、少数の仏落伍兵に遭遇しただけでしたが、本街道(現・国道D923号線)は退却したルノー将軍率いる義勇兵主体の仏混成兵団によって破壊の限りを尽くされており、前述通り極寒もあって行軍は遅れに遅れてしまいます

従って第22師団本隊がラ・フェルテ=ベルナールに到着したのは午後4時を過ぎており、その時にはセトン(ラ・フェルテ=ベルナールの北東8.1キロ)~シェロー(同北東2.1キロ)を経由し第22師団の行軍と並進していた第17師団の前衛は既に市街を通過した後でした

 第17師団の本隊はこの日、クルジュナール(同南東7キロ)とコルム(同南東4キロ)を経て行軍し、この間遭遇した仏軍後衛諸隊は並べて短時間の銃撃戦を行った後に陣地を放棄して撤退しました

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これを追跡した騎兵斥候は途上、住民を捕まえて尋問した結果、仏軍本隊はコネレ(ラ・フェルテ=ベルナールの南西18.5キロ)まで退却したことを知るのです(ルソー将軍兵団のマルシェ部隊はこの地で仏第21軍団第1師団に合流しました)

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 この夕方、第13軍団はラ・フェルテ=ベルナールの周辺に宿営し、市街を流れるユイヌ川(ベレームの西郊を水源にペルシュ地方西部を時計回りに流れ、ノジャン=ル=ロトルー~ラ・フェルテ=ベルナールを経てル・マン南郊でサルト川に注ぐ支流)の両岸に前哨を派出するのでした

ラ・フェルテ=ベルナール(20世紀当初) 騎兵第17「メクレンブルク=シュヴェリーン」旅団を主体とするフォン・ラウフ少将の支隊はこの8日、更に猟兵第14「メクレンブルク」大隊と野戦砲兵第9連隊の軽砲第6中隊を加え、歩兵3個大隊(連隊クラス)・騎兵2個連隊・砲兵2個中隊と強力な「諸兵科混成戦闘団」となります

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 ラウフ支隊は前日深夜に大公より「モンミライユ(ラ・フェルテ=ベルナールからは南東へ15.3キロ)とヴィブレイ(モンミライユの南西6.4キロ)を経て前進し、その先エピュイゼイ~サン=カレ街道(現・国道D357号線)方面で戦闘が発生している場合はこれに参戦せよ」と命じられています

 支隊は昨夜の内に仏軍の去ったモンミライユを通過するとヴィブレイの北東郊外・ブレイ河畔まで順調に行軍し、するとこの地で仏軍が一軒家となった数軒の農家を中核として展開しているのを発見しました

ラウフ将軍は先鋒となっていたフュージリア第90「メクレンブルク」連隊の第2大隊に命じてこれら仏軍拠点を奇襲させ、この周辺農家ばかりでなくブレイ川に架かる橋も奪取します

後方から第75「ハンザ第1/ブレーメン」連隊の第1大隊がやって来ると両大隊は一気にヴィブレイに突入し、この地を守っていたおよそ1個連隊の仏軍は約30名の捕虜を出しつつスミュール(=アン=ヴァロン

ヴィブレイの南西7.3キロ)目指し退却して行きました

この戦闘中ラウフ将軍は南方ベルフェ(同南7.6キロ)まで斥候隊を派出しており、この斥候隊が帰還して言うには「サン=カレ方面に戦闘音は聞こえず」とのことでした

将軍はこれで満足し、この日はヴィブレイとその周辺部で宿営したのでした

 第13軍団の右翼外を警戒するフォン・ブレドウ少将率る騎兵第12旅団はこの日、仏軍が去った事でようやくレマラール(ノジャン=ル=ロトルーの北12.5キロ)を占領しました

 一方、ノジャン=ル=ロトルーの東にあった騎兵第4師団は、第13軍団の前進に従い大公から「軍団の右翼を警戒してノジャンを経てベレーム(同西北西20.2キロ)まで進むよう」命令されます

師団(騎兵第9旅団欠)は途中仏軍と遭遇せずに街道(現・国道D955号線)を進みましたが、午後に入ってベレームの東郊外3キロ付近で仏軍の大部隊に遭遇するのです